“どこへ行った”より“何(なに)をしたか”
娘(むすめ)の话(はなし)では、毎年(まいとし)、夏休(なつやす)みが明(あ)けると、“夏休(なつやす)みに、どこへ行ったか”が话题(わだい)になるそうです。子(こ)どもたちの答(こた)えは、有名(ゆうめい)テーマパーク、ハワイ、海外旅行(かいがいりょこう).....。远(とお)いところへ行(い)った子(こ)ほど、みん
なに「スゴーイ、いいなー」と言(い)われるようです。
2、3年(ねん)前(まえ)からは、私(わたし)も元気(げんき)になり、家族(かぞく)で旅行(りょこう)もできるようになりましたが、以前(いぜん)は、病気(びょうき)がちだったため、どこにも连(つ)れて行(い)ってやることができませんでした。
夏休(なつやす)み明(あ)けの娘(むすめ)は、「○○ちゃん、▲▲に行(い)ったって。私(わたし)も行(い)きたいな.....」と寂(さび)しそうにしていました。
先日(せんじつ)、こんなことを妇人部(ふじんぶ)の先辈(せんぱい)と话(はな)していたら、その方(かた)がこうおっしゃいました。“どこへ行(い)ったか”ではなく、“何(なに)をしたか”が大切(たいせつ)よね」と。本当(ほんとう)に「その通(とお)り」と思(おも)いました。
モノがあふれ、豊(ゆた)かになったのはいいことですが、家事(かじ)をみんなで助(たす)け合(あ)うことが减(へ)り、人(ひと)のためにできることをするボランティアが希少(きしょう)価値(かち)のように扱(あつか)われ、「心(こころ)の豊(ゆた)かさ」には、ほど远(とお)い世(よ)の中(なか)なのではないでしょうか。
この夏(なつ)は、息子(むすこ)や娘(むすめ)が今(いま)までできなかったことに挑戦(ちょうせん)できる环境(かんきょう)づくりをして、共(とも)に成长(せいちょう)し、共(とも)に喜(よろこ)べる夏休(なつやす)みにしたいと愿(ねが)っています。